
2026年丙午の新しい年を迎え、新鮮な気持ちで、馬のごとくにまっすぐに突っ走る人生でありますようにとの願いで出発しました。我が家は毎年恒例に三が日のいずれかに家族で初詣にいきます。手を合わせ、新年を迎えた喜びと感謝をお伝えして参ります。そして、ご参拝の後に必ず家族全員がすることがあります。それはその年の、干支おみくじです。今年は午年、馬の飾り物の中におみくじか入っています。どちらかというとおみくじが、お目当てだったか?・・・(イヤそれはないはず(><)) よし、私はこの馬だ!!! なんと今年は「大吉」やったー(^^)
引くときには、何でも大丈夫と思うものですが、引いてからは一番よいものを願っていますよね。それは私だけ?そんなこんなで、いざ拝見‥‥ジャーン!!!最高のものがでるとうれしいものですよね。(皆さんはどうですか?)
私はこのような、一年のはじまりでした。そして反省と希望を心に整理していると、昨年は初孫も生まれ、慌ただしく時間が過ぎ、なんとなく自分の事は、中途半端な一年だったと反省が多く感じられ、今年はもっと気持ちと時間に余裕を持って、健康第一に楽しく生活できますようにとご祈願いたしました。

そんな穏やかなお正月のとある日の夕食時を前に起こった出来事です。私にとって本当にうれしくもあり悲しくもある孫との体験です。孫は10ヶ月の男の子、ハイハイも始まり、ニコニコ笑顔もみせ、声も出すような盛んな成長時期です。
孫が突然「が、が、が、が、が、」と私の姿を見つけると声を出し始めました。「ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、」と私の顔を見ては何回も繰り返しているのです。私が側を離れると声は出さなくなり、また私が姿を現すと「が、ガ、が、ガ、が、」と声を上がるのです。その孫の行動をみていた家族が、一斉に笑い始めました。(オイオイ待ってくれ、皆は何で孫が声を出していることでおかしいんだよ。そしてなんで私が出てくると「が、が、が、」ってニコニコして声出すんだよ?私は家族が笑っていることと、孫が私をみて声を出している行為が不思議で笑うことはできなかったのです(><)) (私は笑えない、なのに皆笑ってるのはどうしてだ?私にとっての初孫、かわいい・かわいいと大切にしているのに、どういうことだ・・・(><))その時です。
娘が、○○ちゃんはまめ爺さん(家には大爺さんもいるので分けています。私はまめ爺)のマネをしているんだよ(^^)よく見てるよね。思い出してみなよ・・・とまた笑って言います。 まだピンとこない私に、答えです。(ほら大ばあさん(実母)と話してると、テンション上がってくると早口に怒ったように話すこと多いでしょう。○○ちゃんみてたみたいだよ。「が、が、が、が、が、」は言葉にならないけどそっくりだからね。私は、それを聞いてハットしました。やっちまったな!母は高齢者、認知症もあり、いつも会話して、つい声を荒立て、怒り口調と早口になっていることに気づきました。やばい○○ちゃんはまだ10ヶ月だから大人の生活状況は大丈夫だろうと思っていた私は甘かった(++)その状況を思い出し、そして孫の「が、が、が、が、が、」の声出し行動を再確認すると、本当に私にそっくりな姿に恥ずかしくなってしまいました。それと同時に可笑しくなってきました。それは、まさに真似る行為、良いとか悪いとか認識のない純粋な姿に心から笑ってしまいました。

昔も今もことわざに「三つ子の魂百まで」があります。3歳頃までに形成された性格や気質は、100歳になっても(生涯)変わらない、という意味のことわざですが、3歳までには正しいこと、優しさ、思いやり、責任感などなど備わるとのことです。私は孫から学びました。母に対する姿勢に間違いがあったことを気づかせてもらいました。親に対する態度は敬意を表し接しなければならないが、私は親であるが故に、高齢者・認知症に対する接し方を間違っていたことを教えてもらったと感じています。
孫が100歳までの人生で、性格や気質、心のあり方が間違わないような生活が送ることができるように、周りの大人達は喧嘩したり、感情で怒ったりしないように注意して生活していくことが大切であると改めて理解することができました。「3歳神話」もあります。3歳頃の性格が一生続くという考えが子育ての分野で意識されている言葉です。今年は、丙午まっすぐに突っ走ると意気込みを入れ出発しましたが、孫から私の直すところも見つけてもらい感謝しています。孫から教えて頂いたまめ爺さんがここにいました。教える側、教えられる側そこには年齢なんて関係なく素直な気持ちでなければならないと思いました。今年は改めて突っ走るのではなく、まっすぐゆっくりと一つ一つ前進していこうと思いました。
「孫に感謝」ありがとう!!!
