2025 年 10 月、義母が亡くなりました。
5 年前の 10 月に義父が亡くなり自分は 100 歳まで生きるつもりと話していました。
大腸癌が見つかった時には切除は難しく、ストマ造設とペインコントロールの治療となり、入院生活を送っていました。
コロナなどの感染対策の為、面会制限があり私や子供達はなかなか面会することが出来ませんでした。

急性期の病院から慢性期の病院に転院して一週間で亡くなりました。
亡くなる当日は病院から連絡があり、面会が許され私と子供達が会いに行きました。
「おばあちゃん、〇〇だよ、わかる?会いにきたよ」と声をかけると頷きながら力強く手を握りしめてくれたのでまだ大丈夫と思い、村上に一旦帰って来ました。
帰ってからすぐにまた病院から連絡があり「血圧が下がってきたので来て下さい」と言われました。私と子供達が病院に向かい病室に着くと、昼間とは違う義母の様子で、やっと呼吸をしている状態でした。私と子供達は1 人ずつ代わるがわる手を握りしめて声をかけましたが、握りしめる力もありませんでした。耳元で「〇〇だよ、また来たよ」と声をかけましたが反応はほとんどありませんでした。だんだん呼吸が弱くなってきて孫達に手を握りしめてもらいながら呼吸が止まりました。

癌が発覚してから亡くなるまで早かったですが、最後は皆なに見守られながら息を引き取った義母の最期は幸せだったと思います。
朝早くから夕方まで働きっぱなしで誰よりも健康オタクだった義母。
子供達と元気で動いていた最後は、庭に生えた筍の掘り方を手取り足取り教えてくれた義母でした。子供達は初めての体験で楽しんでいたのが今でも時々思い出します。
100 歳まで生きるつもりだった義母は終活をしていなかった為、残された私達は片付けなど色々と大変ですが、なんだか義母らしさも感じるところがあります。
現在、片付け真最中です。なかなか進みません。義母との思い出を感じながらゆっくり進んでいこうと思っています。
子供達は人の亡くなっていく姿を目の当たりにして色々と感じることがあったと思います。
これからの⾧い人生の 1 ページとして心に刻んでおいて欲しいと思いました。
