私事だが、昨年30年ぶりに村上へUターンしてきた。
都内で就職し、家庭を持ってからは、夏に帰省する程度だった。けれど、実際に暮らしてみると、帰省では見えなかった景色がたくさんあった。
中学校の荒れたグラウンド。高校の統合。ランドセルに熊鈴をつけて登校する小学生たち。空き家になったままの家々。
団塊ジュニア世代として、活気ある時代を知っているからこそ、その変化をより強く感じた。
少しさみしい。
でも同時に、「だからこそ帰ってきた意味があるのかもしれない」と考えるようになった。

その一方で、私の五感は、この土地に帰ってきたことを喜んでいた。
街でふと耳に入る方言。潮の香り、稲穂の匂い、温泉の硫黄の香り。春の山菜や食用菊の味にも、「この土地の暮らし」が残っていた。
真冬には久しぶりにしもやけになった。雪国の冬は厳しい。しかし、冷え切った体で入る温泉のぬくもりは、東京で感じていたものとはどこか違っていた。
30年という時間は流れていた。それでも、この街には変わらない風景がちゃんと残っていた。

Uターンを決めた3年前に車の免許を取得した。雪道の運転におびえながらも、なんとか無事に冬を越え、今はほっとしている。
ただ、こちらに来て歩くことが減った。
東京では15分、30分歩くことは当たり前だった。気づけば今は、どこへ行くにも車を使っている。
だからこそ、意識して「歩く時間」を持ちたいと思うようになった。
そんなことを考えるようになった背景には、自分自身の“足”の悩みがある。
昔から外反母趾があり、魚の目やタコもできやすい。最近、「足育」を推奨している方に足をみてもらい、「今日も支えてくれてありがとう」と、自分の足を労わる大切さを教わった。
高齢者施設では、巻き爪や厚くなった爪、魚の目やタコなどが原因で、歩くことが難しくなっている方を多く見てきた。
私自身もフットケアを学び、ケアを通して「歩くのが楽になった」と喜ばれる場面に何度も出会った。
最近は、自分の足と向き合いながら、少しずつ散歩をしている。
歩いてみると、車では気づかなかった景色がたくさんあった。
道端の花。田んぼを渡る風。夕暮れの空の色。
そんな何気ない風景に、小さな幸せを感じている。
30年ぶりに戻ってきたこの街を、これからは自分の足で、ゆっくり歩いていきたいと思っている。