これまでの人生を振り返ると、世の中は驚くほど大きく変わった。その中でも、最も生活を変えたものの一つが携帯電話、そしてスマートフォンではないだろうか。

若い頃は、連絡手段といえば家の固定電話か手紙だった。待ち合わせでは「午後7時に渋谷のハチ公前」と約束すれば、多少遅れても相手を信じて待つしかなかった。ドライブに出かければ、道に迷っても地図を広げ、人に尋ねながら目的地を探した。写真はフィルムカメラで撮影し、現像が終わるまで出来栄えは分からなかった。それが当たり前の時代だった。

今では、スマートフォン一台あれば電話はもちろん、メールやメッセージ、地図、買い物、銀行の手続きまでできる。知りたいことがあれば、その場で調べられる。遠く離れた友達とも顔を見ながら話ができる。様子や行動などを動画で送ってもらうたびに、「こんな時代が来るとは思わなかった」と感心する。

私自身も新し好きな性分だからすぐ手に入れて操作に夢中で、またスマートフォンのアイホンが発売されたときは感激でした。そして使い続けるうちに便利さを実感するようになり、イベントのチケット予約や電車の時刻確認、天気予報、買い物の支払いまで、一台で済ませられる。特に最近は記憶思考が低下してきた私には記憶媒体として欠かせない。また災害時には、安否確認や情報収集がすぐにできることは大きな安心につながっている。

 一方で、便利になったからこその課題も感じる。電車の中でも、多くの人が画面を見つめ、隣にいる人との会話が少なくなったように思う。食事中でも携帯電話を手放さない姿を見ると、少し寂しさを覚えることもある。便利な道具であるはずが、人との距離を遠ざけてしまう場面もあるのではないだろうか。

また、高齢者を狙った詐欺や偽メールも増えている。便利さの裏には危険も潜んでいることを忘れてはいけない。新しい技術を受け入れるだけでなく、正しい知識を持ち、安全に利用することがますます大切になっていると感じる。

それでも私は、携帯電話は現代社会になくてはならない道具だと思う。年齢を重ねるほど、移動や情報収集に不安が出てくるが、スマートフォンはその不安を和らげてくれる。健康管理のアプリや歩数計、緊急時の連絡機能など、高齢者の暮らしを支える役割もますます大きくなっている。

 長く生きてきたからこそ、昔の不便さも、今の便利さも知っている。だからこそ思うのは、大切なのは便利な機械に振り回されることではなく、上手に付き合うことだということである。携帯電話は人と人をつなぐための道具であり、暮らしを豊かにするための手段である。その便利さを生かしながら、直接顔を合わせて話す温かさや、人を思いやる心も忘れずにいたい。それが、急速に変化する現代社会を生きる私たちにとって、最も大切なことではないだろうか。 

残りの人生を素晴らしい仲間、素敵な仲間と共に楽しんでいくことができたら最高だ。そして「我が人生悔いなし」と言いたい。

ちょっとAI加工 その1
ちょっとAI加工 その2