嫁いで以来、共に暮らしていた義父が亡くなった。
一昨年父を亡くし、昨年兄を亡くしたので、それまで葬儀らしいものにほとんど関わってこなかった私も色々な経験をして、免疫もついているつもりだったが、我が家のこととして動いてみると大変さが段違い。悲しみに浸っている間もないって本当なんだな。って実感した。
義父は穏やかな性格で手先が器用で趣味で村上堆朱を彫っていた。あの小和田家に自分の彫った花入が献上された事が自慢であった。私の娘にもミッキーマウスの絵を彫った堆朱のお盆を作ってくれた。
最期まで家で過ごして欲しいと願ったが、晩年は認知症を患い、夜中に自分で尿管カテーテルを引き抜いてしまう為、止むを得ず施設で専門職の方々のお世話になった。夜中でもベッドから降りると分かる様なマットを敷いて、安全に見守っていただいた。
遺影は娘の七五三の際に並んで撮ったものから作ってもらったので、今より少し若く、まだ元気だった頃の写真。とても穏やかに笑っている。私の中では1番“おじいちゃん”らしい写真だと思った。
毎日帰宅すると「おじいちゃん、ただいま」と遺影に話しかける。
しばらく他所にお泊まりしていたけど、やっと帰って来れたね。
まだここにいる様な気がしてならない。なんか安心感を感じる。不思議。