今年、母が75歳となりました。
若さあふれる20代、若さに経験も加えた30代、少しずづ衰えを感じる40代…年齢を重ねていく中では多くの節目があり、75歳もひとつの節目。後期高齢者にくくられて、心身にも大きな変化が現れるといいます。(医療福祉関係のはぐメンバーが多い中で、私が語るのも僭越で…)
前の記事で島田さんが書いてくれたように、日本の健康寿命の平均値を見ると男性が73歳、女性が75歳ということで、データ上も75歳を越えたところで何かしらの不調が多くなっているようです。

映画の話になりますが、「PLAN75」という邦画があります。
この作品では、超高齢社会を背景に、日本政府が75歳以上の高齢者に対して安楽死を奨励する政策「PLAN75」を導入するという世界を描いています。
ぶっ飛んだ内容に感じそうですが、内容も描写もリアルで、役所や町並みはどこにでもありそうな風景を写しています。
主人公である独居老人の倍賞千恵子は、パートで生計を立てながらも生活は苦しく、「お荷物は潔く…」とも受け取れるような「PLAN75」の選択を迫られていくわけですが…
テーマは、とにかく重いです。淡々とした描写がリアルなだけに重いです。
主人公が母親ならば?自分や子どもの未来ならば?必死に働いて、何よりも大事に育てた人の最後がそれなの?そう考えるだけで気持ちが沈んでしまいます。
昔話の姥捨て山では、最終的には殿様が年寄りの知恵や経験を貴重なものだと見直して、姥捨ての制度を廃止してハッピーエンドとなるのですが、現代人が出す答えは何なのでしょうか。

今のところ母は生活に支障をきたすような病気はありませんが、昔の様にいかないことも多くなってきたようです。そろそろ「PLAN75」を勧めてみようかと…ではなく、誰もが何歳までも生きていたい、生きていて良かった、と思われるような社会であることを願います。(無力ですいません)
老いと向き合う事とは?人間の尊厳とは?母の歳と映画「PLAN75」は、そんな考えを深めるきっかけをくれました。
