父は桃太郎アイスが好きだった。
何も話さず、無心に味わって食べている姿が目に浮かぶ。

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ところで、
小学校の卒業文集の先生方の寄稿のうち、
特に忘れられない文章がある。

「小学4年の春に母が死んだ。
兄や姉は泣いていたのに、自分だけは泣かなかった。
どうして泣かないのか、自分でもよく分からなかった。

それから二か月過ぎて、菖蒲の花が咲いた。
その時、突然、涙が流れ落ちた。よくこんなにたくさん涙があるものだと思うほど。
昨年の夏、母がここで菖蒲を切っていた。
花ばさみでゆっくり切っている母の横顔を思い浮かべてしまった。油断だった。
おさえていた悲しみが急にふき出したのだ。
生まれて初めてのかなしみ。

それでも、菖蒲が、今でも好きだ。」
(要約)

思い出が、なにかを引き金にあふれ出る。
その人を、想い、偲ぶ、きっかけになる。
その引き金は、特別なものでなく、普段の暮らしの中の、些細にも思える光景の中に
あるのかもしれない。
かなしみを引き起こすこともあるが、
その人が生きていた姿、愛していたもの、大切にしていたものを思い出し、
満たされる気持ちにもなるだろう。

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桃太郎アイスを、食べるとき、
わたしは父を思い出すことになりそうだ。

日常の中に、父がいる。

あ、
父は、健在です。